パワポケ考察⑨ 哀しい女の系譜(後半) 四路智美・神条紫杏・白瀬芙喜子

智美と白瀬

つぎに、智美ー白瀬ラインを見よう。そもそも白瀬とはどのような人物か。初登場はパワポケ8である。パワポケ8は違法サイボーグを取り締まる秘密組織に所属する主人公が、密命を帯びてプロ野球選手としてとある球団に潜入する物語である。白瀬は8主人公の秘密組織における相棒兼彼女候補として登場する。8主人公は物語が進むにつれて自分の所属する組織が政府の治安組織ではないこと、自分が狩ってきた違法サイボーグたちは被害者であること、つまりは自分は騙されており所属機関に正義はないことを突き止める。この真相を8主人公は白瀬にも共有して仲間に引き込もうとする。ここで物語が分岐する。実は白瀬は8主人公よりずっと前から真相に自力でたどり着いており、それでも白瀬は組織で今まで通り手を汚してきたのだった。真相を知った8主人公を白瀬は始末しようとする。ここで正しい選択肢を選べなかった場合、8主人公は射殺されゲームオーバーとなる。恐るべきことに、白瀬と彼女関係にあり好感度が最大値であったとしても容赦なく殺される(射殺後に白瀬が「さよなら...好きだったよ」と一人つぶやくセリフが追加されるだけだ)。彼女に殺されずにすむ選択肢を選んだ場合は、①とっさに撃ち返して逆に彼女を殺してしまう、②白瀬を一時戦闘不能にする、③白瀬は味方に引き込むことに成功する、のいずれかとなる。正史は②に準じたルートを辿り、8主人公は別の彼女候補と結ばれたことが示唆される。白瀬とは別の彼女候補のルートに進んだ際に白瀬が8主人公に好意を持っている描写があることから、白瀬は8主人公に思いを寄せつつも結ばれなかったというのが正史となる。白瀬は智美と同じく、主人公とは結ばれなかった。その後も主人公の影が彼女の中にあり続ける点も共通している。パワポケ12で白瀬は、自身の上位互換クローンのような存在である甲斐と戦い勝利をおさめる。自身の上位互換に勝利するのは普通困難なことなのだが、パワポケ8のときに8主人公から受けた助言を忠実に守っていたことが勝利の決め手となった。

白瀬「...昔ね。イヤミな男に、4発ずつじゃなくて3発ずつ撃つように言われてね」

このことは智美の防弾チョッキの件と同一の構造をなしている。すなわち、主人公により与えられた何物かを大事にすることによって、彼女自身が助かるというものだ。白瀬もまた智美というキャラクターの反復に他ならない。そのことは紫杏と比べてより作中で明示的に示されている。というのも、実は白瀬はアンドロイドであり、彼女の人格を構成する際に使用された記憶が、どうやら智美のものらしいのである。白瀬が知るはずのない人物に関する智美が持っていた記憶が現れるシーンや、映画をデートで見に行った際に智美を彷彿させるひねくれた感想を言うシーン、クリスマスのときの智美のように別れ間際に脈絡なく突然彼女の方からキスをするシーンなどで、智美の記憶・人格を白瀬が受け継いでいることが示唆されている。また、あるイベントで白瀬は好きな人に看取られて死ぬのが夢だと語っているが、これは智美がパワポケ3でビッグボスに撃たれて1及び3主人公に看取られて死ぬルートと全く同一のシチュエーションである。そして、白瀬が8主人公により撃たれて死ぬルートはその再現となる。

関係性の反復

さらに興味深いことに、白瀬が智美の再演というだけでなく、「白瀬と8主人公の関係性」もまた「智美と1及び3の主人公の関係性」の反復である可能性が高い。どういうことか、順を追って説明する。話は飛ぶが、シリーズ最終作にあたるパワポケ14の主人公は、これまで登場したある主人公とその彼女候補との子どもであり、14主人公が幼いころに彼の両親は死亡したという設定になっている。14主人公の両親が誰かについて作中では明示的には示されておらず、断片的な描写からいくつかの説がある。その中の有力説として、8主人公とその彼女候補である森友子が14主人公の両親だというものがある。加えて、8主人公もまた白瀬同様アンドロイドである可能性が濃厚であり、彼の人格を構成する際に1及び3の主人公の記憶が使用されている節があるのだ。このように解釈すると、シリーズ最初の主人公が、シリーズのちょうど真ん中あたりの8で「生まれ変わり」、8主人公の子どもが最終作14の主人公をつとめるという大変整った図式が完成する(なお、一説にはパワポケ15で完結の予定だったらしく、そうであるならばパワポケ8は正真正銘シリーズの真ん中に位置することとなり、完全に整った形になる)。

そして白瀬との関係にこの話を引き付けて考えると、白瀬が智美の再来であるように8主人公もまた1及び3主人公の再来であり、白瀬・8主人公の関係は智美・1及び3の主人公の関係の再演となる。だから白瀬は8主人公に好意を寄せつつも、結局は結ばれずに終わるというわけだ。

より過酷な運命を背負う白瀬

そして、白瀬もまた智美に比してより過酷な運命を背負っている。見方によっては紫杏より過酷かもしれない。彼女が製造される際に意図的にテロメアを短くされており、通常の5分の1の長さしか彼女は生きることができないのだ。彼女の運命はあらかじめ決定されており、変えることはできない。なお、2021年現在、彼女はパワプロアプリでのパワポケコラボで主人公の同期として再登場している。そのときの言葉を引用しよう。

「宇宙に無数のパラレルワールドがあって無数のあたしがいても、誰一人ハッピーエンドにはたどりつけない。たどりついた者がいたら、それは、もうあたしではない。なぜなら、たどりつけないのが『白瀬』というキャラクターの重要な要素だからよ」

考察②で言及した智美同様にパラレルワールドに思いを馳せるこの描写は白瀬と智美のつながりを暗示するものであり、白瀬とはハッピーエンドには決して至ることができないと運命づけられたキャラクターであることをはっきりと示したものだ。彼女の性質をより明らかにするために、父と呼ぶ人物の家に白瀬が14主人公を連れていくシーンを見てみよう。

白瀬「おじゃまします」

坂田博士「やあ、74号。そっちの少年は?」

白瀬「知りあいです。社会見学にと思って」

坂田博士「わたしの家で?なにか見学するようなものがあったかね」

主人公「あ、あの…おじいさんが白瀬さんのお父さん?」

白瀬「ああ白瀬だったな、人間の名前は。もう15年前になるか。わたしの最高の作品だよ、それは」

主人公(作品…それ?)

坂田博士「ああ、聞いてないのかね?わたしが会社に勤めているときに74号を作ったんだよ。わたしと、部下の開発チームで」

主人公「で、でも機械じゃなくてどう見たって人間に…」

坂田博士「ははは、そりゃそうだよ。いじくったのは主に遺伝子だ。何兆という組み合わせの中から有望なものを残し、さらに突然変異をくりかえしたんだ。めずらしい金魚とかイヌを作る時の品種改良とそう変わらんよ。コンピュータで結果を予想して大規模にやっただけだ。だから生き物としては、それを人間と考えてまちがいではない」

主人公「人間を『それ』とか、番号で呼ぶの?」

坂田博士「…ん?どこかおかしいかね?」

主人公(まさか…本当にアンドロイド?)

白瀬「あたしの寿命が普通の人間の5分の1になっている理由を教えてあげてくれませんか?」

坂田博士「あ、ひょっとして学校の宿題かね!つまり、テロメアの…いや、むずかしい用語はやめておこう。簡単に言うと、能力を上げるためだ。ちょっとした思いつきだったんだが実にうまくいった。わたしのチームで作った作品は他のチームのより5パーセントも反応の速度が良かったんだぞ」

白瀬「博士。わたしは泣けませんよね?その理由もお願いできますか」

坂田博士「感情が高ぶっても74号は泣けない。心理ブロックというやつでね。なかなかいいアイデアだろう」

主人公「ど、どうしてそんなことを?」

坂田博士「ははは、戦ってるときに視界がくもったら困るじゃないか!」

主人公「どうして、そんなひどいことを!長く生きられないし、泣くこともできないなんて!」

白瀬「でも、電子レンジは泣かないだろう?そんな機能は必要ないからな」

主人公「でも、白瀬さんは人間だ!」

坂田博士「ああ、そのとおりだ。それで、なにか変わるのかね?」

主人公「…え?」

坂田博士「15年間、それが生きのびたのはわたしの設計がすぐれていたからだ。つまり、わたしは正しかった!」

白瀬は泣くことすらできない。智美はめったに感情をあらわにしないが、1主人公たちに救い出されたとき、はじめて「うわんうわん」泣いた。紫杏もまた本心をはじめて10主人公に明かす土壇場の場面で涙を流す。智美や紫杏は主人公への想いや幸せになることを「諦めた女」たちだった。諦めたのに救われたから泣くのであり、諦めるのがつらいから涙を流す。それに対して、白瀬の場合はじめから希望がない。そのことを象徴するものが「泣くことができないこと」なのだ。

集大成としての白瀬

白瀬周りのエピソードはパワポケシリーズの苦味と哀しみの集大成である。ばったり出会った坂田博士と14主人公の会話を見てみよう。

坂田博士「ん?キミとは前に会ったな」

主人公「あ、坂田博士?」

坂田博士「若いというのは、ねたましいな。わたしのように老いて死ぬだけの人間には、本当にまぶしい」

主人公「…長生きできたんだから、いいじゃないですか」

坂田博士「キミには、老いのこわさがわかっておらん。昨日できたことが、今日はできない。あらゆることに無関心になり、どうでもよくなっていく。老いとは、毎日少しずつ死んでいくことなのだ」

主人公「でも、白瀬さんたちは!」

坂田博士「そうだ、あの子たちは決して老いることはない。その前に死ぬからな。実に…うらやましい」

主人公「え?」

坂田博士「わたしは大勢の人造人間を作った。普通の人のように長生きできないことをうらむ者が多いのも知っている。…しかし、それはまさにこのわたしが望んでいた人生なのだ。あの子たちが短い人生をどんなふうに戦い、恋をし、倒れたか。それを想像するだけで、わたしは少しだけほこらしく、そしてうらやましく感じる」

主人公「………」

坂田博士「キミはマンガとか小説とか映画とか好きかね?」

主人公「え?」

坂田博士「残念ながら、普通の人間にはあのような刺激的な人生は送れない。だから、せめて、そういう存在をこの世に生み出したかった」

主人公「あの…オレは魔球を投げられます」

坂田博士「知っているよ。その幸運を、大事にしたまえ。うらやましいと思う気持ちはあるが、キミが幸せになってほしいと思う気持にも、いつわりはない」

ここの会話にはそれまでに発生したいくつかのエピソードとの対応が埋め込まれている。第一に、坂田博士の老いに対するスタンスは考察⑦で見た野々村監督のそれと対照的である。野々村監督と狩村との会話を再掲しよう。

野々村「球団が変わって、成績が伸び悩んで今の人生に疑いを持っている。立派な五月病じゃないかね?」

狩村「まいったなあ」

野々村「こうして見ると、観客席は広いだろ。あそこを私たちで何回も満員にしたな」

狩村「ええ、そうですね」

野々村「優勝、最下位、完投、敗戦。全部、大事な思い出だな」

狩村「はい」

野々村「人生はな、減っていくだけじゃない。何かを積み上げていくもんなんじゃ」

狩村「………」

野々村「幸い、キミは私と違って現役だ。まだこういう場所で主役になれる。あとキミが何年続けられるかわからんががんばってひとつでも人生の輝きを積み上げて行こうじゃないか」

坂田博士の述懐と比較して、あまりに野々村の言葉はまぶしく感じられる。正しすぎる。それだけが人生の真実ではない。そう思ったからシナリオライターはもう一人の老人=坂田博士を配置し、上のように語らせたのではないか。登場人物たちが異なる価値観を持ち、めいめい異なることを言わせることで物語に厚みを持たせる手法はパワポケにおいて良く見られる。先ほどの坂田博士の述懐はまだそのような対応関係が残されている。第二に、坂田博士は14主人公の魔球が投げられる能力を肯定的に評価する。しかし、14主人公は大江和那という女性から以前、魔球を投げる能力など早く捨てた方がいいと諭されている。彼女はパワポケ10が初登場のキャラクターで、ある出来事で縮こまった生き方をしていたが10主人公の影響で自分も特別な存在になりたいと失っていた向上心を取り戻し、その結果超能力者となった人物である。その彼女が魔球を捨てろと言うのは、特別な力を得たがゆえに血塗られた戦いに身を堕とすことになるという皮肉な彼女の運命が背景にあってのことである。事実、パワポケシリーズにおいて特殊な能力や大きな力を得た人間の多くは、幸せにはなれない。しかしそれでも人は人生を変える大いなる力を渇望してしまう(だからこそ14主人公の魔球を投げられる力を坂田博士は「幸運」と言い、「うらやましい」と思い、そして14主人公の幸せを願うのだ)。「砂を噛むような人生を吹き飛ばす何か」を期待せずにはいられない。このことに関連して第三に、考察①でも取り上げた警察官の嘆きを再掲しよう。

「私、警察官になって世の中の正義を守りたかったのであります…でも現実には、つまらない日常勤務の繰り返しで。一番つらいのは、どこででもそうなのではないかということを考えてしまう時なのであります。だから、世の中のどこかに世界征服を目指している妙な連中がいて欲しいと思う」

坂田博士とは本ストーリーを作ったシナリオライターの分身なのだと思う。白瀬というキャラクターとそのむごい運命を作り出したのは、まぎれもなくシナリオライターである彼である。そしてそんな残酷な物語を望むのは消費者たる我々プレイヤーである。何故彼女(あるいは「哀しい女」たち)は望まれ、生まれてきたのか。それは「普通の人間」であるシナリオライターや我々にとって、この現実が耐え難いほど平板でつまらないからだ。作者と読者は共犯なのであり、我々の抱える業によって彼女(たち)は生まれてきたことをはっきりと示したものが、坂田博士の述懐なのだ。

白瀬が見出した結論、そして「哀しい女」たちの結論

変えられない運命を背負い生きる白瀬はどのような結論に至るのか。初登場のパワポケ8では、8主人公が正義にこだわるのに対し、彼女は生き方にこだわりはないように思われる。

白瀬「政府の機関でも、大企業の私兵でもやることは同じでしょ」

主人公「だが、そこに正義はない」

白瀬「...正義?ハハ、そんなものに興味はないわ。あたしは、ただ......生き残りたいだけよ!」

彼女は組織によって生み出された戦闘用のアンドロイド。パワポケ8時点では自分の創造者である組織が与えた運命に抗おうとはしない。しかし、再登場するパワポケ12では、彼女は組織を抜けたことが判明する。彼女の中でどのような心境の変化があったのかは明らかではないが、お仕着せでない自ら選んだ運命を生きていくこと、生きる意味を自らで見出していくことを選んだこと示される。それは14主人公との会話の中で、白瀬自身の言葉によって語られる。

主人公「あの…長生きできるようになる方法ってないの?」

白瀬「『運命は変えられる』って言うけどね。どうしようもないものもあるのよ」

主人公「………」

白瀬「でもね、変えられない『運命』でも『意味』を変えることはできる」

主人公「意味を変える?」

白瀬「そうよ。私の人生はもうじき終わるけど、その人生は価値のあるものだったのか。それが『意味』よ。だから、最後までがんばって生きるの。…安心して。絶対にあなたの友だちを守ってあげるから」

白瀬は最初から希望のない人間であり、「最初から諦めている」人間だった。しかし、時を経るにしたがって智美や紫杏のように人生を諦めていくのではなく、むしろ反対に、白瀬は積極的に生きる意味を見出していこうとしていった。そしてその結論はシリーズ最終作であるパワポケ14のラストにて明かされる。彼女が「哀しい女」の集大成たるゆえんである。パワポケ12で彼女が予言したように、雨の降る夜のビル街で最期を迎える。そのような運命を自ら作り、引き受けたのだ。

「朝、目がさめたときに今日がその日なのだとはっきりとわかった。足取りも軽く街を抜け、今日という日のために用意した場所へと向かおう。今日の天気は雨。いかにもじぶんらしいなあと笑みがこぼれた。もう何も憎くはないし、何もこわくはない。ただ、今日という日まで全力で生きてきたことをほこらしく思う。今日の天気は雨。私が過ごす、最後の一日」

後半まとめ

まとめよう。「哀しい女」たちとは何者だったのか。我々が起伏ある物語を望むとき、必ず山に対する谷が存在する。言い換えれば、深い感動や喜びのためには、その分だけ深い哀しみがなくてはならない。そうでなければ物語はご都合主義に堕してしまう。そして、一人のキャラクターが哀しみの分だけ喜びも味わうとは限らない。何故なら物語の中の喜びと哀しみは、キャラクター一人に対して割り振られるのではなく、すべてのキャラクターに対して割り振られるものだからだ。そうなると、必然的に哀しみの分量が多い者、要するに貧乏くじを引くものが出てくる。これは全くリアリティの観点からは正当なことであり、人生とはそういうものだ。そして、その貧乏くじを引いた者こそが「哀しい女」に他ならない。パワポケ14ではこの系譜に一つのケリをつけた。我々の業こそが彼女たちを生み出したということを、坂田博士を通して語らしめ、白瀬の最期を描写することで物語が許容するぎりぎりの報いを彼女に与えた。そして、それは「哀しい女」たちへの花道でもあった。

蛇足

以下、蛇足である。彼女たち以外にも「哀しい女」は数多く登場する。今回は書けなかったが、先ほど少しだけ触れた大江和那というキャラクターもまた「哀しい女」として重要な位置づけを担う人物である。彼女は最後まで「諦めない女」だった。主人公にキスしてもらうチャンスを逃したことで声をあげて泣く女でもあった。すなわち、これまでに取り上げた智美・紫杏・白瀬とは対照的な人物である。そのことはここで明言しておきたかった。また、パワポケ14で登場する千条光という人物もまた興味深い人物だ。彼女の母は和那のクローンであり、加えて紫杏の人格を投入して作られた。すなわち、和那と紫杏の後継として千条は登場する。そして、彼女もまた14主人公を想い続けながら結ばれないで終わる。初代パワポケでの智美・1及び3の主人公は、白瀬・8主人公としてだけでなく、最終作での千条・14主人公としてもまた生まれ変わりとして登場し、関係性を反復するというわけだ。

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パワプロクンポケット9

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  • 発売日: 2006/12/07
  • メディア: Video Game