パワポケ考察⑧ 哀しい女の系譜(前半) 四路智美・神条紫杏・白瀬芙喜子

6 本論その4:哀しい女の系譜

はじめに

前回のパワポケ考察⑦では神条紫杏にまつわる大まかなストーリーを書いた。パワポケ考察②での四路智美に関する記述を読んだ人なら、この二人が多くの点で似通っていることに気が付くだろう。パワポケシリーズには正史において報われない人々が複数存在する。そして、その中には「哀しい女」ともいうべき彼女候補たちがいる。具体的には四路智美、神条紫杏、白瀬芙喜子である。彼女たち以外にもハッピーエンドを正史で辿らない彼女候補は存在する。にもかかわらずこの三人を選んだのは、彼女たちの間に「哀しい女の系譜」とも言うべきつながりが見出せるからであり、パワポケ1で始まった彼女たちの系譜がラストに当たるパワポケ14で一つの結論に至っているからである。

まずは、彼女たち全員に共通する要素から見ていきたい。第一に、彼女たちは正史において主人公たちと結ばれない。そして、結ばれなかった以後の描写が彼女たちには続く。多くの彼女候補は一度登場したきりで続きで出てくることは少ない。あるいは、出てきたとしても以降の物語に関わることは少なく背景として登場する場合がほとんどである。パワポケシリーズでは再登場しない方が幸せだと時折揶揄されるように、がっつりメインストーリーにからむ形で再登場する智美、紫杏、白瀬たちは過酷な運命を背負っている。第二に、再登場した後も付き合う可能性のあった主人公の影が時折現れる点で共通している。他の再登場する彼女候補たちは主人公とは別のキャラクターと結ばれて、子どもまでもうけていることもままある。けれども、今回取り上げる彼女たちの場合は、最後まで誰かと結ばれることはない。そして、程度の差こそあれ主人公に思いを馳せる描写が差しはさまれる。正史で結ばれない普通の彼女候補の場合、主人公は単なる同僚や同級生で終わることがほとんどなのだが、智美・紫杏・芙喜子にとってたとえ結ばれなかろうが主人公たちは大切な存在なのである。第三に、父からの影響と母の不在がある。彼女たちは様々な理由で母親がおらず、父(またはそれにあたる人物)により人生が大きく決定づけられている。ここで出てくる「父」は彼女たちの心の拠り所であると同時に、彼女たちに哀しい運命をもたらした呪いの原因でもある。第四に、彼女たちは自立した強い人間であるが、同時に深い孤独・哀しみを抱えている。その強さゆえに一人でも生きていくことができるのだけれども、その強さゆえに一人で抱え込んでしまい深い孤独に陥ってしまう。彼女たちは父という存在がもたらした両義性に引き裂かれ、自らの強さに引き裂かれている。すべてのはじまりは智美である。後続する紫杏・芙喜子は智美というキャラクターの変奏であり、後継者である。以下では智美と紫杏、智美と芙喜子という観点から、より具体的に彼女たちのつながりを見ていこう。

智美と紫杏

はじめに智美ー紫杏のラインを見ていこう。智美については考察②で、紫杏については考察⑦でかなりの部分を紹介した。まだ説明していない点を特に書きたい。まずは父の影響(と母の不在)を指摘する。智美はプロ野球選手になれず絶望して自殺した父を持ち、その後実父の案件に関わっていたプロペラ団員である小林という男が彼女の父親代わりとなる。小林の下でプロペラ団員としての英才教育を受けて自らも団員となるのが彼女の生い立ちだ。紫杏は父子家庭で育ち、尊敬する人物を父と答えるほど父親を敬愛している。そのためもあって自治会長となり、後には経営者(なお、彼女の中では経営者と政治家は似たようなものであると示されるエピソードがある)となる。彼女たちにとって父親は数少ない理解者であり、自らのバランサーでもあった。しかし、彼女たちはそのバランサーを途中で失うことになる。まずは智美の場合。智美はプロペラ団の日本支部長となり、かつての父親代わりだった小林は部下となり側近のような立場で彼女を支える。しかし、二人目の子どもが生まれたことを機にヤクザなプロペラ団の仕事を辞めて、まともな仕事に就きたいと打ち明けるようになる。通常組織の秘密を知る人物が抜けることは許されないことなのだが、特別に智美は小林に「一般人として生きる」草の任務を言い渡し、事実上足抜けを許す。これは智美の優しさに他ならないのだが、小林が退出した後に智美は「自分を止めてくれる人もいなくなった」と一人つぶやく。紫杏の場合は物語の途中でアジムという国際的なテログループのテロによって父親を喪う。後に彼女は、過去は問わないと言ってアジムと手を組むが、内心は強い怒りと憎しみを抱えており、アジムを利用しつくした後、罠にかけて彼らを皆殺しにする。

より過酷な運命を背負う紫杏

智美の場合、父親代わりの小林はいなくなったけれども生きている。小林が自分のもとを去ったのも彼女がそう選択したからだ。一方で、紫杏の場合は否応なく父親を喪っている。どうしたってもう会うことはできない。智美の後継たる紫杏はより過酷な運命を背負わされている。それは二人の父を失って以後の運命を見比べてみると一層明らかになる。智美には①プロペラ団本部のボスに射殺されるか、逆に②智美がプロペラ団のボスを爆殺して悪の組織を自ら立ち上げる道を行くか、③ボスに撃たれるも命が助かり、悪の道に進むこともなくプロペラ団解体に尽力するか、の3つのルートがある。正史では彼女は③の道を進むこととなる。紫杏の場合はどうだろうか。彼女は智美と同様に権力ある立場につく(その分だけ孤独を抱える点も共通している)。殺人も辞さない世界的な巨大組織の日本支部を任せられている点も共通している。異なるのは、正史において智美が辿らなかった、上司たる本部のボスを殺害して自らが組織のトップに立つルートを紫杏が辿る点である。智美は途中で悪の道から足抜けすることができたが、紫杏は行くところまでいってしまう。そして、正史において彼女には非業の死を遂げる末路が用意されている。

また、彼女たちは「手を汚す自分」と「真っすぐに生きる主人公」という対比を突き付けられる。考察②で書いたように、「正しくないやり方で手に入れたものからは、満足は、得られない」と言う1主人公に智美は憧れる。そして紫杏は、考察⑦で書いたように、正攻法で逆境に打ち勝った11主人公たちが日本シリーズで胴上げする姿を「私には、まぶしすぎる光景だ」と言って中座する。手を汚してきた自分との落差があまりに大きいからだ。

智美の場合はパワポケ1で救われなくても、パワポケ3で再登場した1及び3の主人公によって立ち直る可能性がある。しかし、紫杏にはその再チャンスはない。10では救えなければ(繰り返すが救われないルートが正史である)、11主人公と紫杏との落差はもはや埋められないほどに大きくなってしまっている。決定的にそのことを示すシーンがある。パワポケ11ラストで球団解散式を中座する紫杏と、彼女を追った11主人公が交わす最後の言葉だ。

秘書「社長、お急ぎください。少し気になることが…」

主人公「社長、待ってくれ!」

紫杏「ん?キミならもう来年の所属チームは決まっていただろう。たしか…そうそう、〇〇だ」

主人公「そうじゃなくて、これからどこへ行くつもりなんです?」

紫杏「キミに教える義務はあるのか?」

主人公「今日このまま別れたら、二度と会えない気がしたんです」

紫杏「…カンのいい男だな。そのとおり、今日を最後に私は公の場から姿を隠す。キミとこうして話すのも今日が最後だ」

主人公「行っちゃダメだ!行けば絶対に不幸になる、そういう気がするんです」

紫杏「………。キミは知らないだろうが、私は十分すぎるほど大勢の他人を不幸にしてきた。私だけが幸せになるなど許されることではない」

主人公「誰だって幸せになる権利がある!」

紫杏「そうだ、権利はあるが義務ではない」

ここで主人公には①「どうして、そんなに…」と②「俺の権利です!」の2つの選択肢が提示される。まずは①を選んだ場合を見てみよう。

主人公「どうしてそんなに、まじめなんですか?」

紫杏「すまないなあたしはそういう女なんだ。さようなら、〇〇」

(筆者注:ここで紫杏は主人公に背を向けて足早に去っていくが、その際一瞬涙をぬぐうカットがはさまれる)

(バタン!)

(ブゥウーーン)

主人公「社長―――!!」

こうして紫杏は車に乗って走り去ってしまう。

つぎに、②の「俺の権利です!」を選んだ場合を見よう。

紫杏「あ…え、えっ?」

主人公「俺はあんたのことが好きだ。もっともっと社長のことが知りたい!」

紫杏「…まいったな。プロポーズされるとは思ってもみなかった」

秘書「社長、そろそろ出発を!」

紫杏「ああ、少しだけ待ってくれ。キミはプロ野球選手というスターだ。これから先、いくらでもいい女とめぐり合えるじゃないか」

主人公「あんたみたいな女は、他にはいない」

紫杏「変人でウソツキで偉ぶってて目的のために手段を選ばない残酷な女だぞ?」

主人公「それでもいい!」

紫杏「…………。」

紫杏(…だめ。あたしはこの役からは降りられない。)
紫杏「残念だが、私の答えはノーだ。私を信じてついてきている者を裏切るようなことはできない」

主人公「待ってくれ!」

紫杏「くどいっ!」

ここまでで秘書が二度出発を急ぐよう促していることには、二人の会話を打ち切らせようとしているわけではなく、他の意味がある。秘書である甲斐という人物はボディガードでもあり、周囲の護衛から連絡のつかない者がいたため、危険を感じて早く車に入るよう進言していたのだ。事実、上の会話の直後紫杏は狙撃を受け、収容された車の中で死んでしまう。そしてこれが正史である。皮肉なことに、11主人公がより踏み込んで紫杏に働きかけ、それによって彼女の心が動いたことによって彼女は死んでしまう。この一連の出来事は考察⑦で触れた狩村の死と同一の構造を持っていることにも言及しておこう。すなわち、二者間で深い心の交流が生じたことそれ自体が原因で片方が死に至る。なお、狩村及び紫杏の殺害を指示した人物は同一人物である(この人物は最後まで報いを受けない)。

前半まとめ

ここまでをまとめよう。智美と紫杏の間には明らかなモチーフの反復が見られる。手のかからない自立した「父の娘」は長じて悪の組織の指導者となり手を汚す。そしてまっとうに生きる主人公と自らの落差に思い悩む。その落差を前に主人公と結ばれることや自らが救われることを諦めていく。「哀しい女」のゆえんである。それでも智美には足抜けする正史が用意されている。自らをプロペラ団に引き込んだ父親代わりの小林が組織から抜けることを許したように。紫杏の場合はそうはいかない。彼女を指導者の道に進ませる原因となった敬愛する父は還らぬ人となっている。父の死は彼女が破滅まで突き進む一因だったかもしれない。カタギになれた智美となれなかった紫杏。この違いこそが「紫杏とは何者だったのか」をはっきりさせる。すなわち、紫杏とは、正史では起こらなかったルートである「ビッグボスを爆殺して悪の道を突き進んだ智美」の再演なのである。そしてそれゆえに紫杏には智美よりも過酷な運命が待ち受けることとなる。父を失った彼女には、智美とは異なり再登場の11の際にもう一度救われるチャンスが与えられることはない。正史では狙撃により非業の死を遂げる。智美もパワポケ3ではビッグボスにより銃で撃たれている。銃で撃たれた両者の運命を分けたのは何だったのか。智美は1及び3の主人公よりプレゼントでもらった防弾チョッキをつけていたため助かった。自ら会うことを断念しても、彼への想いを断ち切れず肌身放さず身に着けていたことが彼女を助けた。一方で、紫杏と11主人公との距離はあまりに遠く、プレゼントのやり取りをするほどの関係性が築かれていく余地はなかった。そして、紫杏は11主人公がアプローチしたことそれ自体によって命を落とす。要するに、主人公を想い続けた智美は助かり、主人公への想いや幸せになることを断念した、断念せざるをえなかった紫杏は命を落とした。

パワプロクンポケット8

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  • 発売日: 2005/12/01
  • メディア: Video Game