パワポケ考察③ 大河ドラマ・人間ドラマとしてのパワポケ(前編) ギャルゲーとの比較を通して

4 本論その2:もう一つの世界をまるごと生み出す試み

31年の歴史と正史概念

前回の最後でパワポケシリーズは、「僕と君」のような狭く閉じた関係に終始する一般的なギャルゲーとは異なり、様々な人々の関係が織りなす一つの世界をまるごと表現しようとするものだと書いた。その詳細について、今回は書いていく。まず本シリーズの大きな特徴として、全15作全てが同一時間軸上にあることについて言及したい。作中世界において、パワポケ1が終わった2年後にパワポケ2が始まり、2が終わった年に3が始まる…というように、脈々と後続タイトルに物語が続いていく。シリーズ開始から完結までの間に実に31年の月日が流れている。当然、作中のキャラクターたちは歳を取り、見せる姿を変えていく。例えば、パワポケ2で登場した当時5歳だった同僚の息子は5や7では学生として登場し、8に至ってはプロ野球選手として8主人公の同僚に、そして11では11主人公の先輩として登場する。あるいは4において4主人公の高校の後輩は、5や8ではプロ野球選手として登場し、11~14では世界的な大企業の社長として物語に大きく関わることとなる。かつてのタイトルにおける彼女候補と主人公のチームメイトが結婚して子供をもうけ、彼らの息子が後のタイトルにおける主人公のチームメイトや敵として登場することや、かつての彼女候補または同僚の娘が彼女候補となることもある。

子どもが大きくなり活躍していく様だけが描写されるわけではない。歳を重ねて衰えていったり、寿命を迎えたりする人々もいる。象徴的な人物として2の主人公の高校時代の後輩がいる。2主人公より一年遅れてプロ入りした後は新人王を獲得し、瞬く間にスター選手となる。このときの彼は2主人公を脅かす希望に満ちたピカピカの新人として登場する。しかし、再登場する11では盛りを過ぎたベテランとして現れる。老け込み無精ひげを生やし、年々低下する自身のパフォーマンスに向き合うことが出来ず、昔の栄光にすがり続けている。彼が立ち直ることができたルートでの後日談は、若かったころを知りながら読むと、なかなか感慨深い。

「むかし強かった自分、むかし輝いていた自分。そんなむかしむかしの話は、今ではただのむかしばなし。ただ、全部あらいざらい引っ張り出して、一日でも長くこの世界にとどまるため、みっともなくバタバタとあがき続ける。......かっこわるいって?はは、あんただってそのうちイヤでも分かるようになるっすよ」

長い人生でよい瞬間ばかりが続くわけではない。それは当たり前のことだ。パワポケシリーズは人間の素晴らしい部分も醜い部分も書く。それは現実をあるがままに再現したからだ。パワポケシリーズとは、リアリティを持った一つの世界を、様々な立場や視点から描き出そうとする試みなのだ。

ここで、パワポケシリーズにおける正史の概念にも言及しなくてはならない。パワポケシリーズは前述のとおり、作中では31年の時間が流れる。その中で、主人公、彼女候補、その他様々なキャラクターたちには、無数の運命の分岐が用意されている。そして、彼らが登場したタイトルから見て後のタイトルで、いくつかの可能性のうちどの道を辿ったのかが明かされる。これが正史である。すでに考察②で智美が辿る運命について説明した際に触れたように、ハッピーエンドが正史とは限らない。報われない人生を送る人物も存在する。それが現実というものだからだ。リアリティについて、メインストーリーを手がける人物がインタビューで語った下記の言葉は、本シリーズに通底する特徴を端的に現わしている。

「現実でも本当に悪いヤツはそうなんですよ。恥も節操もないですからね。その反対にマジメに悪役をやっている人間は報われないんですよね。(中略)シリーズで生き残る悪いヤツは、自分が悪いことをしてると思ってない人間が多いんです。で、そういうキャラクターがいることによってストーリーに苦い味を出しているところがあるんですね。じつはそいつが一番もうけたりするんですよ、話的には。だから、ストーリーに厚みを持たせる意味で、僕としては絶対にそういうヤツが必要なんです」

世界の多面性とキャラクターの多面性

前段ではパワポケシリーズには31年という歴史があることを示した。今度は登場人物の多さについて言及したい。本シリーズでは全15作品累計で約600名のキャラクターが登場する。なお、そのうち彼女候補が約90名である。この30年に及ぶスパンで600名が登場する大河ドラマのような規模の大きさが、パワポケの魅力の一つである。他のノベルゲームは当然のことながら、あらゆるフィクション一般でも、この規模の物語はそうそうあるものではない。登場人物もバラエティに富んでいる。途方もない大金持ちやマフィア組織の幹部、あるいは正義のヒーローなど、マンガチックなキャラクターがたくさん登場するが、それだけではない。むしろ本シリーズの多様性は、妙にリアリティを持った本当にどこかにいそうな人々の多彩さにある。大企業のアホの二代目社長、反骨のジャーナリスト、新興宗教の教祖、中卒のあるいは外国人の工場労働者、怪しい新興宗教に熱を上げる監督、誇大妄想のニート、ハチャメチャにキツいオタク…。

彼女候補もまた多彩である。マッドサイエンティスト、忍者、幽霊、サイボーグ、宇宙人など、ここでもぶっとんだ設定の女性たちが彼女候補となるが、やはりより本質的に本シリーズを特徴づけるのは、以下の現実にいるだろう癖の強い設定の女性たちの方であろう。保険金をかけて主人公を殺そうとしてくる者、コギャル、ヤクザの娘、育児放棄気味のネトゲ廃人シングルマザー、水商売従事者、ファミレスの店長と不倫する者、マルチ女、無名の舞台女優、摂食障害の者、事実上のホームレス、剽窃・捏造常習の三流ジャーナリスト…(なお、念のため補足すると、彼女候補のうち半分以上は普通の女性である)。あらゆる社会階層のあらゆる事情を抱えた人間を出そうとすること。本シリーズに一貫するポリシーである。それもまた世界の多面性を表現する試みの一つに他ならない。

多面性を示すのは物語世界だけではない。登場人物一人一人もまた、立場や関係性によって、多面的な顔を見せることが本シリーズでは描写される。自らの研究のために非人道的な人体実験に手を染めるある医師は、別の場面では主人公救う有能で良心的な人物として登場する。また、ある執事は主人公と主人の妹との身分違いの恋愛を温かく見守る役回りを演じるが、別の場面ではある彼女候補の父を暗殺する者として登場する。根っからの善人や悪人はそう多くない。状況や立場によって見せる姿/見える姿が異なるのが人間というものであることを本シリーズは示している。その最たる例であるプロ野球選手として登場する水木という人物をあげよう。当初は野球に嫌気がさしてやめると言い出したり、工業用エタノールを2主人公にふるまったりする不真面目なチームの先輩として登場する。別のあるときは8主人公たちに「シャキシャキ働け!」とか「おい、そこのゴクつぶし2名!」とかハッパをかける若手コーチとして登場する。またあるときは監督に次ぐナンバー2としてチームを指導する責任ある立場の人物として登場する。さらに別のタイトルでは彼は当時小学生だった身寄りのない主人公の養父となり、大学生になるまで育て上げたことが後に明らかになる。そして彼が主人公を養子にとったまさにそのころ、彼の実子も誕生している。世間的には別の父親の息子として。その子の母である槌田(旧姓:野々村)愛は2における彼女候補の一人である。彼女は2で登場した主人公の所属するチームの槌田コーチと結婚するのだが、どういうわけかその後、水木との間に子どもが出来ることになるのである。水木はあるときには良き兄貴分・スター選手であり、またあるときには有能な指導者として球団経営者に骨のあるところを見せるひとかどの人物である。一方で、株で失敗して現役時代の財産を失いコーチになっても球団寮暮らしをしつつ、実子の出生の秘密が暴露されることに肝を冷やす小市民的な側面も見せる。このような一言ではとうてい言い難い人物の多面性は、そのままパワポケシリーズの多面性でもある。

ギャルゲーからの逸脱

ここまでで、本シリーズが質・量ともにギャルゲーという枠組みで説明し切ることのできないものであることは示せたと思う。ギャルゲーとは一般に、彼女候補との恋愛を通じ最終的に対象の人物と①肉体関係を持ったり②継続的な関係に入ることを目的とするゲームである。この観点からも本シリーズがギャルゲーの枠組みから逸脱していることを示したい。まず本シリーズの性質上言うまでもないことだが、①必ずしも選手育成上またはストーリー進行上、彼女を作る必要はない。メインストーリーである主人公が直面する困難とその克服は、彼女たちと絡むことなく進む。彼女とは第一義的には育成を有利に進めるための手段である。そして、一部の彼女候補に関してのみ、メインストーリーの真相を知るためのキーパーソンとしての役割が割り当てられている。特にストーリーに大きく関わる彼女候補の場合、②ハッピーエンドでも報われないケースあるいは正史では報われないケースがある。彼女との関係性の描写が作品の主目的でないからこそ、ハッピーエンドのカタルシスが必ずしも売り物でないからこそ、可能な物語の展開の仕方だと思う。これに派生して結末が続きのタイトルにハッピーエンドが先延ばしにされる場合もある。通常ギャルゲーとはその作品で完結するものであり、本シリーズがシリーズものだからこそ許される手法である。また、③彼女候補の人間性が壊滅的(前述のように保険金をかけて殺そうとしてくる者や不快な思いばかり味わせてくる者などがいる)で、キャラクターとしての魅力が皆無の場合や彼女候補の容姿が良くない場合もある。こんなことができるのは、彼女候補の外面・内面で勝負する必要がないからであり、その分だけ良いことばかりではない現実味を持った世界観を作り出すことが可能になる。さらに、④彼女候補のキャラクターとして扱われながらも恋愛関係には至らない者や、キャラクター・立ち位置的に十分に資格があるにもかかわらず彼女候補にならず攻略ストーリーが用意されていない者もいる。あるいは、⑤正史では主人公とは別の登場人物と結ばれる者もいる。要するに、必ずしも主人公中心に女性キャラクターが存在するわけではない、主人公という存在のために彼女たちがいるわけではない、ということである。これもまた一貫した本シリーズの特色である。プレイヤーに全能感をもたせることを本シリーズははっきりと拒絶する。主人公は物語のうねりに翻弄される登場人物の一人に過ぎず、ストーリーを大きく動かす主体は別の人物であることがほとんどだ。8主人公が、彼女候補の白瀬に対して所属する組織に造反するよう語った言葉を引用しよう。

主人公「組織がまちがっているのなら、それを正すべきだ」

白瀬「それで死んだらバカバカしいわ。それに、あたしら一人二人ががんばったところで世の中、変わんないよ」

主人公「…でも、二人なら生きていける」

この冷めた現実に対する認識(とそれを前提にしながらも情熱や希望を失わない態度)は、本シリーズを大きく特徴づける要素の一つだ。

本節の最後に、運命が分岐するのは彼女候補だけでないことにも言及しておこう。ギャルゲーのよくある手法として、女性たちは何らかの問題を抱えていて、プレイヤーたる主人公がその問題を解決することを通じてハッピーエンドに至るという物語パターンがある。本シリーズにおいてもほとんど彼女候補のストーリーはこのパターンを踏襲している。一般的なギャルゲーと異なるのは、男性キャラも様々な事情を抱えており、主人公の選択によってはその問題が解決されるという点だ。性別に限らず、人は様々な事情を抱えて生きている。思えばそれは当然のことだ。彼女候補だけでなく男性キャラについてもこのようにテキストが割かれるのは、様々な人と関係しながら主人公が一つの生を送ることを描こうとしているからに他ならない。

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パワプロクンポケット3

パワプロクンポケット3

  • 発売日: 2001/03/21
  • メディア: Video Game