パワポケ考察④ 大河ドラマ・人間ドラマとしてのパワポケ(後編) サクセスシステムの到達点

多彩な物語分岐の仕組み

前回は物語の内容について見た。以下ではよりテクニカルなシステム面について見ていきたい。一般的なノベルゲームでは、物語の分岐はプレイヤーに提示される選択肢を選ぶことによってなされる。一方、本シリーズではそれ以外の方法での分岐が数多く見られる。まず、①彼女候補の好感度によって物語の進み方が異なる。正しく選択肢を選ぶだけでは不十分で、それとは別に関係性を作っておく必要があるということだろう。次に、②主人公のパラメーターによっても物語は分岐する。タイトル毎に主人公には体力やタフさといったパラメーターとは別に、「善悪」や「寿命」、「野球魂」といったパラメーターが存在する。それらはランダムに発生するイベントや主人公の取る選択肢によって増減し、その高低によって出来事の結末が変わったり、そもそも取りうる選択肢に違いが生じたりする。最たる例は「善悪」パラメーターの場合で、悪に寄り過ぎていると主人公が悪の組織を相棒と結成するエンドを迎えることもある。「寿命」や「野球魂」などはその数値が0になると問答無用で死んだり野球を諦めるたりすることとなり、ゲームオーバーとなる。あるいは、そのパラメーターが一定以上でないと特定の彼女候補とはイベントを進めることが出来ず、付き合うことができない場合がある。これら好感度やパラメーターは彼女候補との関係性や主人公の人間性・状態を表現するものである。そして、パラメーターにより物語が分岐するという表現は、物語の分岐点で選択肢が発生する瞬間に運命が定まるのではなく、物語の分岐点までに主人公が取ってきた選択肢の総体によって運命が定まるという、より現実に近いあり方を形にしたものだと言える。

変わり種としては、③制限時間付き選択肢というパターンもある。選択肢が提示された瞬間から一定時間内に選択をしないと良くない結果になるものが多い。裏をかいて制限時間が尽きるまで何も選択しないのが良い選択肢であるパターンもある。いずれにしても、一般的なノベルゲームでは選択肢を選ぶ際にいくらでも時間をかけることが可能(なんなら選択肢発生後にネットで検索することも可能)であることへの一種のアンチテーゼである。我々が現実で選択を迫られるとき、その瞬間は多くの場合一瞬である。そのことを再現したものだ。また、作中において制限時間付き選択肢が発生するのは戦闘のような緊迫した場面が多い。この切迫性を制限時間で表現することで、物語の強度を増そうとしてもいる。加えて、④ミニゲームによる分岐もある。これはストーリーや育成に大きな影響を与えることが多い。ミニゲームに成功しなければ有力なチームメイトが仲間にならなかったり、ミニゲームに失敗すると即ゲームオーバーになったりする。あるいは、⑤野球の試合による分岐もある。野球ゲームという本来の特徴を、ノベルゲームという性質に有機的に結び付けたものだ。この場合も同じく負けると即ゲームオーバーのパターンや、甲子園に優勝しないとハッピーエンドを迎えられず彼女が死んでしまうパターンがある。これらはストーリーをプレイヤーが体験する上で、独特の緊張感を持たせることに貢献している。本作をプレイすることはテキストを読む流れ作業では決してない。フラグやパラメーターを管理しながら正しい選択肢を選びさえすれば望んだ結果を得られるわけでもない。その時々で主体的に自らが勝利を勝ち取らなければ、成功を得ることができない。多くのプレイヤーはゲームをやりはじめた頃はなかなか勝つことができないだろう。徐々に上達して少しずつ勝率を上げていくことでしか望む結果には至れない。上手くなってきても少し間違えたり運や調子が悪ければまた負けてしまう。勝てると思っていなかったのに不思議と最後まで勝ち進んでしまったり、万全の状況だったのに不運であっさり負けてしまったり、プレイするたび異なる質感をもった経験をプレイヤーはすることになるだろう。決して、プレイするたび毎回「同じ」にはならない。そして、この一発勝負の厳しさが本シリーズのリアリティに強度をもたらしている。

繰り返しの否定

一発勝負の仕組みはプレイするたび異なる物語体験をもたらすと前節では書いた。このプレイするたび体験する内容が異なる仕組みについて、より詳細に見ていきたい。すでに言及したように、本シリーズのサクセスシステムにはランダムに発生するイベント、すなわちランダムイベントの概念がある。イベントには①決まった時期に発生する定期イベント、②特定の場所にうろつくと発生するうろつきイベント、③彼女とデートすると発生する彼女イベント、④ランダムイベントの4種類がある。①から③のイベントは、発生させること/させないことの選択がプレイヤーに委ねられている。一方で、④のランダムイベントはプレイヤーのコントロールの余地がない。ランダムイベントについて特筆すべきは、まずは彼女関連のランダムイベントだろう。一部の彼女候補はその攻略の多くが、ランダムイベントにかかっている。すなわち、いくらプレイングに熟達し、物語の分岐条件に知悉していても、運がなければ望んだストーリーには至らないということだ。特にランダム四天王と呼ばれる彼女候補は、ランダムイベントが複数回発生することが攻略には必須であり、攻略が極めて難しいものとなっている。

さらに、本シリーズの特徴として、リセット制限がかかっている点があげられる。すなわち、リセットが可能なのは5回までで、リセットのたびに選手能力等が低下するといったペナルティも課される。そして、リセット回数が増えていくほど、ペナルティの重さも増していく。これは前節での一発勝負の仕組みを裏支えする。何度でも挑戦可能な一発勝負など一発勝負になりえない。また、リセット回数が5回までというのは、リセットを全く禁じるとプレイヤーの不満をかわし切れないという妥協の産物だろう。とはいえ、リセットが効かない場合も存在する。例えば、交通事故や最悪最凶の彼女候補であるのりかとの出会いがある。どちらもランダムで発生し、育成を致命的に毀損するものであるにもかかわらず、発生した場合避ける術はない。そしてこの場合に限ってリセットも一切効かない。運が悪かったとして諦めるしかない。本当にない。人生である。

リセットの制限は、ノベルゲームにありがちなプレイ方法を許さない。すなわち、選択肢が発生した時点でセーブし、片方のルートを見尽くした後にセーブデータを読み込んでもう片方のルートを進む方法である。本シリーズは一つのルートの結末見た場合、物語が終了しセーブデータが削除されるため、最初からプレイしなおすことになる。また、先述のように彼女攻略においてランダムイベントが絡むパターンの際も、その攻略のためだけに何度もプレイしなおすことが要求される。ノベルゲームでは決して許されないゲームシステムのように思われる。これが本シリーズではかろうじて許されるのは以下のような理由があるからであろう。①ランダムイベントという仕組みにより、プレイヤーは一度として同じような筋道を辿ることがないこと。②いくつもの分岐が同時に発生するため、キャラAの特定ルートを再度辿りなおす際に、キャラBの分岐については前回と異なるルートを辿るというように、このような意味でも前回とは異なる筋道を辿ることが可能なこと。③物語を楽しむというノベルゲーム的楽しみ方だけでなく、サクセス本来の目的である選手を作成することもまたゲームの重要な楽しみの一つであるため、たとえ同じようなルートを反復しても問題にならないこと。

本シリーズは否応なく何度もサクセスをプレイすることを要求する。そしてそれを負荷なく可能にする。一発勝負のために。ランダムイベントのために。あるいは選手育成のために。結果として、よく発生するイベントやすでに通った特定人物のルートにおけるイベントを何度も見ることになる。そのことはこの物語世界への親しみを強め、登場キャラクターに対する愛着を形成する。この点もまたノベルゲームとの大きな違いである。ノベルゲームでは一度通ったルートを何度も反復することはそうそうない。いわば、ノベルゲームは本シリーズと比べて一度しか通らないという点で、より読書を通じた物語体験に近い。一方、本シリーズのゲーム体験は、読書というよりはRPGをプレイすることに近い。どこに行って何をするかの大半はプレイヤーに委ねられているとともに、レベル上げのような反復作業が要求される。それはすなわち現実を生きることにより近いということだ。我々はルーティーンの中で他者と何度も時間をともにすることを通じて愛着を形成し、関係性を深めていく。このような意味で、本シリーズのプレイ動画を見るだけでは、本作を本当の意味では体験しつくすことができないことについても明言しておく必要があるだろう。また、プレイ動画では取り上げられない枝葉に過ぎないちょっとしたエピソードの蓄積が、作品全体や登場人物の性格・性質を特徴づけることもままある。その選手の運命をかけて一発勝負に臨むこと。幾度もの失敗の経験を積むこと。たわいもないエピソードも含めたいろんなキャラクターが起こすイベントを何度も体験すること。これらの体験の蓄積こそが深い没入感と感動を呼び起こす。要するに、様々な不確定要素によってプレイするたび異なるストーリーが産出される。そしてプレイヤーは育成等の理由から、ストレスなくストーリーを繰り返す。何度もストーリーを反復することを通じて、物語世界に少しずつプレイヤーは馴染んでいく。そうすることではじめて生じてくる物語体験、あるいは物語強度というものがあるのだ。

まとめ

ここまでで、①31年というタイムスパン、②膨大なキャラ数、③彼女攻略に限らない物語世界全体に対する書き込みと分岐、④多様な分岐条件、⑤ランダム性がもたらす物語体験について書いた。ノベルゲームやギャルゲーではまずできない困難をいくつも実現したことも書いた。具体的には、①これほどまでに長いタイムスパンで膨大な登場人物を登場させること。②彼女候補だけでなくあらゆるキャラクターの物語を書き込むこと。③多様な分岐条件を可能にすること。④幾たびもプレイヤーに物語をプレイさせて飽きさせないこと。これらが可能となったのは、本シリーズがノベルゲームであるとともに、野球ゲームでもあったからだ。本家のパワプロシリーズが完成させたゲームシステムが基盤としてあることを忘れてはならない。しっかりとした野球ゲームとしての基礎とパワプロシリーズがこれまで獲得してきたファンが存在するため、それによる安定した売り上げが見込める。安定した売り上げがあるからこそ、長大なシリーズ化が可能であり、他のノベルゲーム・ギャルゲーには真似できないノベルゲーム・ギャルゲーをはみ出た多種多様な取り組みが可能となる。野球ゲームの要素とノベルゲームの要素が有機的に連関している点も見過ごせない。普通ノベルゲームではストーリー作成は専業のライターが担当するが、本シリーズではデザイナーやプログラマーシナリオライターも兼務しているという特徴がある。それだからこそ、物語全体が野球パートのストーリー・システムと深く連動することができたのではないだろうか。物語展開や条件分岐のために野球要素が動員され、野球選手を作るという動機付けでプレイヤーは物語を何度もプレイする。そして、様々な遍歴や苦労を経て一人の野球選手が作成され、彼らによってアレンジチームが作られ、他のプレイヤーと対戦する。ここで作られた選手は、お手軽に無味乾燥に作られたものとは異なり、現実に存在する野球選手同様色々な背景を持った存在であるのだから、思い入れが違うのは言うまでもないだろう。

このように、本シリーズは野球ゲームとノベルゲームとの絶妙なバランス、あるいは相互のいいとこどりによって成立した、例外的で唯一無二なゲームだった。パワプロシリーズでの野球ゲームシステムの完成と固定ファンの獲得という基礎の上に、携帯ゲームのスペック上の制約からストーリー面の重視がなされたこと。このような特殊な経緯によってはじめて実現されたゲームだった(ノベルゲーム・ギャルゲーが、パワポケシリーズにおける野球対戦・育成システムに匹敵するレベルのノベルゲーム・ギャルゲー外要素を実装することは、技術的・費用的に現実的ではない。今後もそのようなゲームはいくら真似したくとも現れないだろう)。そして、本シリーズはこの野球ゲームでありながらノベルゲームであるという唯一無二のポジショニングの中で、これまでに書いてきたように本ジャンルが持つあらゆる可能性を目一杯引き出してきた。この点について、もっと評価されてもよいのではないかと思う。

次回は、パワポケシリーズの物語全体に通底する最も重要な思想について書こうと思う。パワポケシリーズがパワプロシリーズのオルタナティブであったように、パワポケシリーズの物語の切り口もまたオーソドックスなストーリーとは異なり、オルタナティブなものであった。すなわち、主流な視点とは違うもう一つの観点を常に重視し続けたものであった。このことがパワポケシリーズ全体の空気感や性質を決定づけている。パワポケシリーズとはなんであったかを語るのならば、この問題を避けることはできない。

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パワプロクンポケット4

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