パワポケ考察⑦ プレイヤーという神の視点がもたらす意味(後編) 神条紫杏を題材に

神条紫杏の真実あるいは「語られないもう半分」を通じて世界のすべてを知ろうとすること

次は、「話の半分は決して語られない」というテーゼをほとんどそのままに表したエピソードを書きたい。そのためにまずは神条紫杏というキャラクターの説明をしなくてはならない。彼女は10主人公と同じ高校に通う自治会長である。私財を傾け世の中のために生きようとする市会議員の父を敬愛する彼女は、自身もまた通っている学校をより良いものにしようと、自分の評判を犠牲にしてでも情熱的に取り組む。彼女の生きざまを端的に示すセリフを引用しよう。

「目の前にゴミが落ちていればゴミ箱に捨てねば気がすまん。正しいからでも、カッコいいからでもない。ただ、やらねばならないと思ってしまったから、やるんだ。たとえ鏡に映ったおのれの姿がどんなにこっけいであろうとも…やらねばならん」

彼女には強靭な意思の力があり、カリスマ性があった。彼女は10のストーリー終盤でとある事情により世界的な大企業であるジャジメント(国家を凌駕する武力と権力を持つ組織)からスカウトを受ける。スカウトに対し紫杏は「この学校にもこの国にもいろいろと未練がある」ことを理由に断ろうとする。すると彼女は「その未練がなくなれば、来ていただけるのですね?」と、校内を隠し撮りしたビデオを見せられる。

「で、自治会長就任の感想は?」「いや、参ったよ。何から何までもう決まってるんだぜ?文化祭なんて、実行したって誰も喜んだりしないってのに」「めんどうくさいよな」「だからといって、手を抜いたら絶対に文句言われるよなぁ」「前会長様は、自分の思うとおりになんでも動かないと気がすまない人だからなぁ」「あーあ、うざったいよなぁ」

これによって、彼女が高校生活をかけて試みた、「教員による支配・抑圧の強い現状を打破し、自治・自律の校風を根付かせること」は望むべくもないことが示される。さらには父が違法行為に関わっていた証拠と、深い信頼関係にあった主人公の尿から違法薬物が検出された証拠までも突き付けられる。要するに、彼女は脅されているのだ。そのため彼女は前言を翻し、ジャジメントのスカウトを受けることになる。そしてその過程で自分の高校の真実を知ることとなる。このイベント以降、彼女は豹変する。

紫杏「............」

主人公「どうした、怖い顔をして」

紫杏「...私はピエロだった。...なんだ、こんなもの!」

(ポイ)

紫杏「恥ずかしくて、つけていられるか」

と校章を投げ捨ててしまう。そして、周りの人間に当たり散らし、これまで情熱をそそいだ自治会へも全く顔を出さなくなってしまう。彼女の中で何があったかは、高校を中退してジャジメントのヘリに乗って海外へ飛び立つ寸前、主人公に対して語る形で明らかになる。

紫杏「…私はな、もうたくさんなんだ、人のためにがんばるのは。疲れた、それにめんどうくさい!」

主人公「じゃあ、この学校の自治会は?この学校の新しい校風はどうなる?ここを本当のパブリックスクールにするんじゃなかったのか?」

紫杏「パブリックスクール?ははは、お笑いぐさだ。理事長はイギリス留学などしていない!」

主人公「え?」

紫杏「理事長はな…自分の軍隊経験をもとにこの学校を作ったんだよ!」

主人公「な、なんだって?!」

紫杏「全部が最初からウソだったんだ。設立資金を出したジャジメントはここでひそかに人体実験をやっていた。…特別反省室は実在するんだ。反抗的な生徒へ、従順にする薬の投与を行っていたらしい」

主人公「そんな..じゃあ、なぜそれと戦わないんだ」

紫杏「あまりのバカバカしさにやる気をなくした。私が必死に守ってきたことなんかここの飲料水にまぜたわずかな薬で代用できるんだ。全部、あたしの自己満足だった!自治会だって、あんなにがんばったのに、誰も感謝などしてくれてないじゃないか!裏で悪口ばっかり言って」

ここで主人公の説得によりジャジメントのヘリに乗らないルートになった場合はハッピーエンドとなるが、正史では彼女はそのままヘリに乗り、ジャジメントの人間になってしまう。

パワポケ11はその後日談である。11主人公(10主人公とは別人)はプロ野球選手であり、紫杏は所属する球団のオーナーとして登場する。彼女と11主人公との関係は雇用主と労働者であって、それ以上の関係になることはもうない。あるとき彼女は11主人公に10と11の間で亡くした父の話をする。

「私の父はお人よしの政治家でね。活動をしばられないために大手政党の支援をうけず、世の中を少しでもよくしようとがんばった。今でもよく覚えている。ハンドマイクを持って駅前に立ち小雨の降る中で理想を語っていた父と足を止めることなく流れていく人の波。私は父を尊敬していたし、それが正しいやり方だとわかっていたが、子供の私でも、世の中を変えるにはこのやり方ではダメだということがわかってしまった。だから私は力を求め、力でなければ動かない大衆というものがあまり好きではない」

ここでは①父への思慕、②自らは正しいやり方を断念したこと、③大衆への屈折した思いが語られる。父への思慕は別も場面でも現れる。パワポケ2で顔のグラフィックもないモブキャラとして登場し、11では大ベテランとなり最後の花道を飾る野球選手狩村についてのエピソードでそれは垣間見られる。彼は長いプロ野球人生で、栄光とは無縁のまま現役時代が今にも終わろうとしていることを嘆き、投げやりになってしまっている。そして、そのことは主人公含め周りの選手たちにも悪い影響を与えてしまっている。この状況を前に、主人公は4人の人物に相談する選択肢が提示される。うち2名に相談した場合、問題は解決せず、狩村は腐ったまま肩を壊し、引退していく。相談相手の残り2名は、人生経験豊富な人格者の老監督野々村と若くして経営者の地位についた紫杏である。どちらのルートでも狩村は情熱を取り戻す。まずは野々村監督に相談した場合を見てみよう。

野々村「なるほど。よく知らせてくれたね。そうだな、キミも来たまえ」

(そして…)

狩村「監督、夜中に車でいったいどこへ行くんです?」

野々村「なに、すぐに着くさ」

狩村「ここ、ホッパーズ球場じゃないですか」

(そして…)

狩村「試合がないから無人ですね。…照明はついてるけど、どうして入れたんです?」

野々村「大神君に頼んで貸してもらった」

狩村「大神君って…まさかオオガミの会長?!」

野々村「キミの後輩だろう。大先輩が五月病だって言ったら快く協力してくれたよ」

狩村「五月病ってオレのことですか?」

野々村「球団が変わって、成績が伸び悩んで今の人生に疑いを持っている。立派な五月病じゃないかね?」

狩村「まいったなあ」

野々村「こうして見ると、観客席は広いだろ。あそこを私たちで何回も満員にしたな」

狩村「ええ、そうですね」

野々村「優勝、最下位、完投、敗戦。全部、大事な思い出だな」

狩村「はい」

野々村「人生はな、減っていくだけじゃない。何かを積み上げていくもんなんじゃ」

狩村「………」

野々村「幸い、キミは私と違って現役だ。まだこういう場所で主役になれる。あとキミが何年続けられるかわからんががんばってひとつでも人生の輝きを積み上げて行こうじゃないか」

狩村「監督…ありがとうございます!」

次に、紫杏に相談した場合を見てみよう。

料理屋店主「狩村さん。もうそろそろ店閉めるよ?」

狩村「…放っといてくれ」

料理屋店主「困ったなぁ」

(カラカラッ)

料理屋店主「え、あんたは?」

紫杏「水を一杯たのむ」

狩村「…ん?」

(ぱしゃっ!)

狩村「わっ、つめたい!なにすんだてめえ!」

紫杏「少しは目が覚めたか?25年も、野球という人気スポーツの最前線にいながらキミは自覚がなさすぎる」

狩村「な、なんだよう何も知らない子供のくせに」

紫杏「ここで説教しては店に迷惑だ。この粗大ゴミを事務所まで運べ」

秘書「はい」

(うわああああ…)

料理屋店主「オイオイ、狩村さんを片手でひきずって行っちゃったよ?」

主人公「すごい怪力ですね」

(そして…)

狩村「おい、なにが始まるんだよ」

紫杏「これから、ビデオを観てもらう。「狩村正己の記録」だ」

狩村「え、オレ?…あ、初登板の映像。よくこんなの残ってましたね。次は、オレの初勝利?オレも若かったですねえ…あ、優勝の年だ」

紫杏「25年間のキミの記録だ。これを観て、もう満足なら引退しろ。まだ満足できないなら、クビになるまでがんばれ」

狩村「でも、野球やめたらオレ…」

紫杏「やりたいことがないなら家で昼寝でもしてろ。そのうち思いつく」

狩村「はあ?オレの悩みを、そんな単純に…」

紫杏「そんな単純なことで悩んでたくせにグダグダ文句を言うな。ほら、このビデオを持って家に帰れ」

狩村「あの…ひょっとしてオレのためだけにこのビデオ作ってくれたんですか?」

紫杏「ちなみに製作は外部に委託したから結構な金がかかった。全部、キミの給料から引いておく」

狩村「ええ、そりゃないですよ!」

紫杏「それと、次にマスコミの目の届くところでグチをこぼしていたら………登録名を「カリムー」にするぞ」

狩村「ええ?!そ、それだけはかんべんしてください!…あの、社長?すみませんでした」

(バタン)

主人公「昔の自分を見て、やる気を取り戻したんですね」

紫杏「いいや、ちがう。大事なのは、誰かが気にしてくれるという、安心だ」

主人公「え?」

紫杏「さて、〇〇君。今の方法は長年がんばってきた人間にしか通用しないやり方だ」

主人公「あ、はいそうですね」

紫杏「残念ながらキミの場合、積み上げてきたものがない。だから、くさったらすぐクビだぞ」

主人公「えええっ?!」

紫杏「そうならないように、今のうちにひとつづつ積み上げておくんだな」

主人公(がんばろう…)

野々村監督と異なり、紫杏は自身の職務のみが理由で狩村を元気づけようとしたわけではないことが、狩村復活後のエピソードで明かされる。

チームメイト「ああ…あと一人でやんすよ」

主人公「シーッ、静かに!」

狩村(こんちくしょう…とにかく早く終わってくれよ)

狩村「よっと!」

(ピシュ!)

(ガキッ)

主人公「あっ、打ち上げた!?」

チームメイト「…アウト?」

主人公「狩村さん、43歳でノーヒット完投勝利だ!」

(ワァー、ワァー)

チームメイト「すごいでやんす、これはプロ野球の記録に残るでやんす!」

狩村「いや…ノーヒットでも1点取られたから記録には残らないんじゃないか?」

紫杏「それでも無安打試合だ。海外なら記録上は同じあつかいだぞ」

狩村「あれ、社長?」

紫杏「いてもたってもいられなくなって社長室から飛んできたんだ。いや、よくやってくれた。なるほど、ドラマというものは自然に生み出されるものが一番だ」

狩村「いやあ、そんなハハハ…」

主人公「あんな上機嫌の社長ははじめてだな」

チームメイト「いつも難しい顔をしてるでやんすからね」

(そして…)

紫杏「うーむ、今日の勝利を今後の広報活動の柱とするには…」

(トゥルルル…トゥルルル…)

(ピッ)

紫杏「私だ。待て待て、当ててやろう。その声は…銀次だな。ちがう?じゃあ金男か。…事故?」

(場面が転換する)

レポーター「先日、交通事故で亡くなった狩村選手の葬儀は、本日しめやかに行われました」

(そして…)

野々村監督「2年連続で15敗したときはさすがにやめるだろうと思ったんだがあきらめの悪い男でね。こっちも先発の数が足りないから次のシーズンも先発で使って…はは、世話になったよ。…ワシの方が先だと思ってたんだがなあ」

(そして…)

水木コーチ「最後の登板がノーヒット完投だろ?ノーヒットノーランじゃないところがあいつらしいよ。記録とか賞はもちろんスポーツ紙の一面にすら無縁なヤツだったな。まさか、最後にこんな…こんな形でニュースになるなんて」

(そして…)

芦沼「いろいろありましたが、プロの投手というものを教えていただいたのは狩村さんです。ええと…その…あやまれなかったこと、心残りです」

(そして…)

応援団団長「モグラーズのエースなら狩村だよ。とにかく負けてる印象ばかり強くてさ。また試合をつぶしやがって!って何回マウンドにどなったことか。…さびしいよなぁ。どうしようもなくダメなヤツだったけどあんな投手、もう出てこないぜ」

(中略)

(ジャジメント日本社内)

紫杏「!」

ルッカ「これは、ミス紫杏。…実に運が良かったですね。記録達成の直後に事故死とは、最高の宣伝材料となったのでは?」

紫杏「ルッカ。…私の選手に手を出したな」

ルッカ「おや、上司にそのようなことを。なにか証拠があってのことでしょうね」

紫杏「…しらじらしい」

ルッカ「父親の影。あの男に反映していたのでしょう?」

紫杏「なんのことだ」

ルッカ「あなたの父親も長年苦労して結局芽が出ず、二流の政治家で終わりましたからね。あわれなものです」

紫杏「父はたしかに二流の政治家だった。だが、政治屋ではなかった。…それが誇りだ」

長年頑張り続けてもついに報われなかった父に、紫杏は狩村を重ねていた。だから彼女は大記録達成寸前にはいてもたってもいられなくなって球場に訪れ、達成後は滅多に見れないほどに浮かれている。しかし、皮肉なことに彼女が狩村を父に重ねていたことそれ自体が理由で、狩村は死んでしまう。政敵による挑発のネタとして。彼女がいるのは血で血を洗う世界であり、彼女もまた同じように手を汚してきたし、これからも汚していく。

紫杏が選手に大きな影響を及ぼすエピソードがもう一つある。その選手の名前は芦沼という。高卒1年目から7勝をあげるなど活躍し、前途有望な若手選手である。しかし、コーチなど上役にゴマをすりこびへつらう嫌な人物として描かれ、チームメイトからは好かれていない。彼は狩村とトラブルを起こし、そのときの喧嘩でケガをして新人王を逃してしまう。そして、本事件をきっかけに紫杏によって素性が調査され、金銭トレードによって球団から放出されてしまう。この件について、野々村監督は以下のように語る。

野々村「監督として接してみてわかったが社長はな、まじめで勉強家だ。若くしてああいう地位にいるのにも人一倍の努力をしたんじゃろう。…だから、監督には向かない」

主人公「どうしてなんです?」

野々村「他人にも、同じだけの努力とまじめさを要求するからじゃ。芦沼がどうしてトレードされたと思う?」

主人公「あれは俺も不思議でした」

野々村「あいつは才能はあるが、うまく立ち回ろうとする一面があった。…かわいいものだったがね。だが、社長のような人間にはそのずるさががまんできない。だから、追い出したんじゃ」

主人公「そんな理由だったんですか?!」

野々村「わしもお前も、うちのチームの選手は野球ばかりしてきたような人間だ。野球の技術はすごくても、人格的には完成した人間ばかりじゃない。そういう集団をうまくまとめるためにはダメな部分があって一緒にがんばろうという気にさせる人間の方が、まだいい。」

主人公「だから、古沢コーチなんですね。社長はどうなるんでしょう?」

野々村「さあな。同じような人間ばかり集めて、気に入らない人間をのぞいていって…行きつくところまで行ってしまうかもしれん。わしにはわからんよ」

パワポケシリーズ屈指の年長者であり、一流の選手・監督でもある野々村の人を見る目は正しい。11ストーリーの後日談となる紫杏のアルバムでは、まさしく野々村が危惧した末路を彼女は辿る。

(未来の、ある歴史家が語る)

「高校時代の神条紫杏は、まじめで思いやりのある人物であったと多くの証言が残っている。彼女を研究する者は、同じ人間が後にどうしてこれほどの悪事をなしえたのか、首をひねる。私に言わせれば、これは不幸なちょっとした勘違いが原因だ。彼女は、社会のために自分を犠牲にすることをあたりまえだと思っていた。そのこと自体は立派なことだが、彼女は他の人間にも同じことを要求してしまったのだ。だから、彼女は大きな目的のために他人を犠牲にしても平気だった。つまり、それは全ての人間の義務だと思っていたからなのだ。結局、彼女は最初から最後までまじめすぎる人間だったのだ」

紫杏が死に至るまでの行状を知る後の時代の歴史家と野々村の彼女に対する人物評はほぼ一致している。しかし、それでも野々村が見落としていた、知りえなかった一つの真実がある。それはある条件を満たすとトレードの2年後に明かされる。

秘書「芦沼投手、今年は12勝だそうです」

紫杏「そうか、それはよかった」

(回想…2年前)

芦沼「ええっ、ボクがトレード?なぜなんです!」

紫杏「キミの実力は高く評価している。だが、素行がよくない」

芦沼「素行?素行ってなんです!」

紫杏「平たく言えば、行動が見苦しい。キミに関しては調査をした。野球部の強い高校からの誘いを断り公立高校へ進学。高校時代はまじめで練習好き、仲間のめんどうをよく見て甲子園をめざす熱血キャプテン。…だが、仲間にも環境にもめぐまれなかった。誰も、甲子園へ行こうとは本気で考えていなかったんだろう?」

芦沼「………。」

紫杏「だから、プロに入ったらまじめに生きるのをやめてずるく立ち回ろうと思った。ところが、根がまじめだから悪事の底が浅い。やればやるほど自己嫌悪に…」

芦沼「か、勝手にボクのことを決め付けないでください!」

紫杏「キミの実力は一軍で証明された。だから、環境を変えてもう一度まじめにやってみろ。トレード先はホッパーズだ」

芦沼「ライバルチームへ…ボクをトレードに出したこときっと後悔しますよ」

紫杏「いや、それはない。キミが活躍すれば喜ばしいし、つぶれるようならチームから出して正解だったことになる」

芦沼「まったく、ああ言えばこう言う…社長も何かに裏切られたんですか?」

紫杏「…ああ、まあな。だから今、しかえしをしている」

芦沼「……。トレードの件、納得しました。ありがとうございます」

紫杏「待て、芦沼。…がんばれよ」

芦沼「はい!」

(回想終了)

秘書「どうせなら、祝電でも打ちますか?」

(筆者注:と秘書に聞かれた紫杏はにっこりと笑って言う)

紫杏「私は優秀な新人をライバルチームに二束三文で売った、オーナーだぞ?そんなことができるか!」

ここでも彼女は自分の評判を犠牲にして誰かのためを貫こうとする。この点において、彼女は変わっていなかった。そして、芦沼にかつての彼女自身を重ねていたことが明かされる。彼女に報いてやれる人はいなかった。だから彼女は力を手にして、自分が報いてやれる人になった。その代わりに、「正しいやり方」で生きることを諦めてしまった。手を汚し多くの人を犠牲にしてきた自分に幸せになる資格はないと、幸せになることを諦めてしまった。

主人公の属する球団が解散するシーズンに彼らは日本シリーズに出場する。そして、勝っても負けても最後には、チーム全員で監督の胴上げを行う。その感動的なシーンを前に、球団オーナーである紫杏は席を外し出て行ってしまう。「私には、まぶしすぎる光景だ」とつぶやいて。チーム解散、野々村監督の病気による降板という難局に対して、主人公たちは真正面から挑みリーグ優勝を成し遂げた。そして、最後の結果がどうであれ胴上げで終わる彼らは仲間に恵まれていた。そんな彼らは紫杏にとってあまりにまぶしく、翻って自らの辿ってきた血塗られた道とそれによる逃れられない責任・運命に、言い知れない感情を抱いたことは想像に難くない。そして彼女の真意と置かれた立場を、要するに孤独を、理解できる者はあまりに少ない。

まとめよう。紫杏とは、理解されることを諦めた、幸せになることを断念した人物である。そして、主人公たるプレイヤーはそれに対し、どうすることもできない。11時点において彼女に残されているルートは、①すべての政敵を抹殺し、独裁者として突き進んでいく未来か、②非業の死しかない。正史での彼女は、後者の道半ばで死んでいく運命にある。あの野々村ですらも真に彼女を理解することはできなかった。彼女の何もかもを知ることができるのは神の視点を持つことのできるプレイヤーのみである。現実の生を生きる僕たちは、あるいはパワポケ世界の中で生きる彼/彼女たちは、時間的空間的に一つの生を送ることしかできない。あったかもしれないもう一つの未来や自分が知りえないやり取りや出来事を、自らの目で見ることはできない。それができるのは、プレイヤーたる我々が現実の世界からゲームの世界を見つめるときだけだ。我々だけが、ゲームの中を繰り返しさまようことができる。この構造によって可能になることは何か。一般的なギャルゲーの場合、繰り返しの目的は真のハッピーエンド=トゥルーエンドに至ることである。もちろんパワポケシリーズの場合も、ハッピーエンドに至るために繰り返しプレイするという楽しみ方が存在し、それがサクセスの醍醐味のかなりの比重を占める。しかし、それだけではない。些細な出来事を含めたあらゆるエピソードをすべて体験することでその世界全体を見通すこと。味わい尽くすこと。ここまで挙げてきた具体例のような「決して語られない話の半分」を把握すること。真相を把握すること。パワポケシリーズは複雑で多様な人間存在の生に迫るものである。そのため、物語内容もまた彼女候補を志向するだけでなく、世界そのものを志向するのである。

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パワプロクンポケット7

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