パワポケ５メインストーリーあるいは表立っては語られない二人だけの真実
前半では虐げる者/虐げられる者に着目してエピソードを見てきた。しかし、パワポケシリーズにおける複眼的な視点というテーマはこれだけにとどまらない。これから書く内容を一言で言うならば、ボブ・マーリーの『Get up Stand up』という曲の以下の一節がふさわしいと思う。
half the story has never been told(話の半分は決して語られないのさ)
そう、話の半分は語られない。僕たちは生きていく中で物事の全貌を知ることなどめったにない。そのことについて具体例をもとに見ていきたい。
まずはパワポケ５のメインストーリーの話をしたい。物語冒頭でスター選手である主人公は、万年二軍でクビ寸前の無気力なお荷物選手と中身が入れ替わってしまう。主人公は元に戻る手段を必死で探し出し、先方(以下、小杉と呼ぶ)に協力するよう説得する。しかし、スター選手の身体を手に入れた小杉は、これ幸いとばかりに好き放題して、全く協力してくれない。仕方がなく主人公は今ある身体で活躍して小杉が元に戻ってもよいと言ってくれるようにどん底からのし上がることを誓う。これがメインストーリーである。主人公と小杉の運命には複数の可能性がある。主人公がクビになったり、しばらくすると地が出てきた小杉が落ちぶれて毒殺されたり心中したり売り飛ばされたりする。二人にとって最もグッドなストーリーは、一時は落ちぶれた小杉がのし上がってきた主人公を見て発奮し、復活して日本シリーズで二人が激突するものである。日本シリーズでの戦いが開始する直前に差しはさまれたエピソードを見てみよう。
凡田「この新聞、見てみるでやんす」
主人公「『球界のエリート小杉と、苦労人〇〇との対決に注目！』だって？」
凡田「ま、あっちは最近スランプだったでやんすけど、挫折を知らずにスターになったでやんすからね。オイラたちから見ればうらやましいかぎりでやんす」
主人公(......そうか。俺はたったの３年だが、アイツは１０年以上苦労してたんだな)
(場面の切り替え)
小杉「.......。ようやく、直接対決だな」
主人公「ああ、ここまで長かった何もかも奪われた俺が、お前と同じこの場所に来るまで本当に長かった」
小杉「お前の動機は、ただの復讐だろう？お前が、その体でこの場所に立っていることが、オレの価値すべてを否定しているんだ。どんなに憎んでも、憎み足りないね」
主人公「...決着をつけよう。お互いの過去と、野球の才能すべてをかけて！」
小杉「貴様なんぞに負けられるか！このエリート野郎！」
数奇な運命に翻弄される二人は、入れ替わることによって自身の真価を問われることとなる。スターだった主人公は、単に元の身体が恵まれていたからスターになれただけなのかもしれない。凡庸な選手の身体になった今、本当のところが試される。あるいは小杉がいつまでたってもうだつが上がらないのは、生まれ持った才能に限界があったからかもしれない。しかしスター選手の身体になったからにはそんな言い訳は通用しない。主人公がスター選手から急転直下クビ寸前のどんぞこにまで落ちたときの絶望は、はかりしれないものだろう。そして、じりじりと地が出て落ちぶれていく小杉の苦悩は身を焼くように辛いものだったろう。自分の身体で活躍する主人公を横目に、スター選手の身体でありながらどんどんダメになっていくという事実は、二重に小杉のプライドをズタズタにする。小杉の「お前が、その体でこの場所に立っていることが、オレの価値すべてを否定しているんだ」という言葉はあまりに重い。
二人が経験した困難や苦悩、その克服は誰にも知られることがないまま物語は終わる。新聞で取り沙汰されていた「球界のエリート小杉と、苦労人〇〇との対決に注目！」という文言が象徴的だ。苦労人と呼ばれた主人公は確かに苦労した。ただし、新聞が言うよりもずっと数奇な道のりを辿って。そして、苦労・挫折知らずのように扱われる小杉の、真実と報道・社会認識との懸隔は甚だしい。長い下積み生活で、小杉はずっと苦労し続けてきた。さらに入れ替わりという運命のいたずらで、耐え難い屈辱、普通に生きる人にはまず起こりえないほどの屈辱を味わい、それらを乗り越えてようやく今、日本シリーズの舞台に立っている。真実は二人の間だけにある。他の誰にもわからない。世の中には、表立って語られるよりもずっと不思議で入り組んだ経緯を辿る物事というものが存在する。そんな世界の真実のある側面を再現・表現しようとする企て、それがパワポケ５のメインストーリーに他ならない。
