『鹿鳴館』と『女の平和』について その弁証法的物語展開と三島のペテン

鹿鳴館』は、昭和31年に発表された戯曲である。内容としては、明治19年天長節の午前から夜半までの、愛憎と陰謀が渦巻く鹿鳴館を舞台とした悲劇である。三島による自作解題によると、本作はピエール・ロチの『日本の秋』と芥川龍之介の『舞踏会』の影響を受けたとある。絢爛たる鹿鳴館の描写と、その裏に巣くう虚偽、または欧米への阿諛追従に対する批判的なまなざしはまさしくこれらに負っている。しかし、本作の主題ともいうべき愛憎と陰謀の部分に関しては、これらによるものではない。そして、この愛憎と陰謀の中にこそ、『鹿鳴館』自身が持つ屈折した三島の思想が現れている。思うに、本作の愛憎と陰謀の部分は、後に見るように古代ギリシアアリストパネスによる喜劇『女の平和』によるところが大きい。そこで、『鹿鳴館』と『女の平和』の比較を行い、その共通点と相違点を抽出する。そして、『鹿鳴館』におけるその相違点こそが三島が付け加えた部分である。つまり、その部分が三島固有の思想を示すものと言える。

 まず、上の抽出のための準備として、『女の平和』ならびに『鹿鳴館』のあらすじを、必要な部分に絞って説明する。

『女の平和』について。長期にわたるアテネとスパルタの戦争に対し、アテネの若い女性がある決心をする。それは、セックスストライキにより戦争を終わらせるというものであった。その試みを敵対するスパルタの女性たちに説明し、両者は協力し合ってセックスストライキを行う。女性たちは、男性の領域である戦争と政治に口出しをするなという抗議を受ける。しかし、彼女らは子を喪い短い若い時代を無為に過ごし夫を喪うこととなる女性が、最大の戦争に対する被害者であると主張して負けない。そして最終的にセックスストライキに音を上げた男性側が女性側に屈服し、大団円となる喜劇が、『女の平和』である。

次に、『鹿鳴館』について。舞台は明治19年の鹿鳴館時代。影山伯爵夫人である朝子は、主人が主催する鹿鳴館に一度も出たことがない。そんな朝子に対し、友人の女性の娘が、自由党の残党である男に恋をしていると打ち明ける。そしてその男は夫である影山の命を狙い、今日の鹿鳴館での天長節のパーティに討ち入りを企てているという。さらに、その中でその男は朝子が芸妓時代に産んだ久雄であると知る。久雄の父は自由主義者たちの首魁、清原である。朝子はいまだに彼のことを忘れられずにいた。自身と恋する娘のため、さらには久雄や清原、ひいては影山のために朝子はその試みを止めることを約束する。具体的には、清原と久雄に個々直接会ってこれまでのいきさつを説明し、討ち入りを取りやめるように説得する。それだけでは聞かないので、今まで出なかった鹿鳴館に自身が出るという。これは朝子の誇りを傷つけ、笑いものになるという覚悟の大きさを示すものであるとともに、討ち入りにより朝子の顔がつぶれることを意味するものであり、効果は大であった。清原は討ち入りの取りやめを約束し、久雄もまた早まった行動を取りやめると約束した。また、その中で、久雄から、殺そうとしているのは清原であることを打ち明けられる。そして、その首謀者は影山であることも知る。一方、影山に対しては、舞踏会に自身が出る見返りに謀略の取りやめを求める。これで大団円かと思われたが、不審に思った影山により、事態は暗転していく。影山は朝子の女中の草乃を篭絡し、朝子の本当の目的と、朝子と清原の関係を知る。影山は嫉妬と怒りから、久雄に銃を与えて清原を殺すように仕向ける。久雄は一度拒否するものの、影山により偽装された鹿鳴館への討ち入りを清原の裏切りと信じ、清原のいるところへと姿を消す。朝子もまた裏切られたと、その偽装を信じる。程なくして銃声の音が聞こえ、悄然とした様子の清原が現れる。清原により、久雄は殺されたのである。清原に対し朝子は悲しみと憤りからあらん限りの侮蔑の言葉を投げかける。しかし、清原は、これが影山の陰謀であることと、久雄は自身の意志によりわざと清原に殺されるように動いたことを告げる。ここになってはじめて、討ち入りは影山の偽装であったと朝子は知る。また、影山の謀略も久雄の予想外の行動により、朝子と清原との信頼を打ち砕くことが出来ず失敗に終わる。朝子は影山に今日限りで暇をもらうことを伝え、最後のダンスを踊る。外では影山の手のものにより清原が撃たれる銃声が聞こえて、幕となる。悲劇である。

以上から、両者の共通点を抽出すると以下のようになる。①男性同士の争いを、②女性が止めようと試みる。さらに③その具体的な手段は、私的領域での人間関係に作用することによりなされる。そして最も重要なことに④男性=公的、女性=私的領域を担当し、能力的にも担当領域において優越するという図式が存在する。しかし、⑤次第にその図式が弁証法的に書き換えられていく。以上である。

次に、両者のストーリーの相違点を挙げる。それは、男性と女性の対比のあり方についてである。

『女の平和』においては、女性はあくまで私的領域の延長として戦争を拒否し、男性は戦争の大義を説きつつ結局は性欲に負けて戦争を取りやめる。いつの間にか、女性:私的→公的、男性:公的→私的、と交錯しているのである。特に重要なことに、専門領域ではなく、それゆえ能力的に劣位と考えられていた公的=政治領域において、女性の方が、①正しい判断をし、かつ、②政治的な実行能力を持っていたことが示された。女性が公的政治的に優越する逆説が示されたのである。

一方で、『鹿鳴館』においては、その対比が複雑になる。朝子の謀略は、影山が的確に弱点となる草乃を突くことによりもろくも崩れ、本来の図式通り、男性の公的=政治的優越が示されている。しかし、影山は私的=人間的には敗北している。というのは、朝子は徹頭徹尾ぶれることなく振舞っていた、つまりは自身の領分である私的領域に基づき行動していた。それに対し、影山は、嫉妬から領分である公的領域を越えて、私的に振舞ってしまったからである。つまり、影山は、戦いにおいて勝ち、生き方において負けたのである。さらに、久雄の予想外の行動により清原は生き残り、彼の口から事実が伝えられることによって、影山の試みは頓挫した。朝子と清原との信頼関係を壊すことである。予定では、偽装の討ち入りにより朝子は清原が裏切ったと信じ、そのまま清原は殺されて真相は闇の中のはずであった。けれども、清原が生き残り偽装が露見したため、朝子と清原との間の信頼関係は、とうとう壊れなかったのである。しかし、最後になってまた物語は反転する。以下ラストシーンの引用。

 

朝子:もう愛情とか人間とか仰いますな。そんな言葉は不潔です。あなたのお口から出るとけがらわしい。あなたは人間の感情からすっかり離れていらっしゃるときだけ、氷のように清潔なんです。そこへそのべたべたしたお手で、愛情だの人間らしい感情だのを持ち込んで下さいますな。本当にあなたらしくない。もう一度あなたらしくおなりになって、政治以外の心の問題なんぞにとらわれるのはよしに遊ばせ。清原さんの仰言るように、あなたは成功した政治家でいらっしゃる。何事も思いのままにおできになる。その上何をお求めになるんです。愛情ですって? 滑稽ではございませんか。心ですって? 可笑しくはございません? そんなものは権力を持たない人間が、後生大事にしているものですわ。乞食の子が大事にしている安い玩具まで、お欲しがりになることはありません。

影山:あなたは私を少しも理解しない。

朝子:理解しております。申しましょうか。あなたにとっては今夜名もない一人の若い者が死んで行っただけのことなんです。何事でもありません。革命や戦争に比べたらほんの些細なことにすぎません。あしたになれば忘れておしまいになるでしょう。

影山:今あなたの心が喋っている。怒りと嘆きの満ち汐のなかで、あなたの心が喋っている。あなたは心というものが、自分一人にしか備わっていないと思っている。

朝子:結婚以来今はじめて、あなたは正直な私をごらんになっていらっしゃるのね。

影山:この結婚はあなたにとっては政治だったと云うわけだね。

朝子:そう申しましょう。お似合いの夫婦でございましたわ。実にお似合いの…。でも良いことは永く続きませんのね。今日限りおいとまをいただきます。

影山:ほう、そうしてどこへ行くのだね。

朝子:清原さんについてまいります。

(中略)

影山:やれやれ、又ダンスがはじまった。

朝子:息子の喪中に母親がワルツを踊るのでございますね。

影山:そうだ。微笑んで。

朝子:いつわりの微笑みも、今日限りと思うと楽にできますわ。(泣きながら)楽にできますわ。どんな嘘いつわりも、もうすぐそこでおしまいだと思うと。

影山:もうじき王妃殿下方がお見えになる。

朝子:気持ちよくお迎えいたしましょうね。

影山:ごらん。好い歳をした連中が、腹の中では莫迦々々しさを噛みしめながら、だんだん踊ってこちらへやって来る。鹿鳴館。こういう欺瞞が日本人をだんだん賢くして行くんだからな。

朝子:一寸の我慢でございますね。いつわりの微笑も、いつわりの夜会も、そんなに永つづきはいたしません、

影山:隠すのだ。たぶらかすのだ。外国人たちを、世界中を。

朝子:世界にもこんないつわりの、恥知らずのワルツはありますまい。

影山:だが私は一生こいつを踊りつづけるつもりだよ。

朝子:それでこそ殿様ですわ。それでこそあなたですわ。

突然、遠くかすかに銃声が鳴りわたる。

朝子:おや、ピストルの音が。

影山:耳のせいだよ。それとも花火だ。そうだ、打ち上げそこねたお祝いの花火だ。

(一同踊り狂ううちに 完)

 

引用文の冒頭では、朝子は影山が私的領域に踏み込んできたことに対しての怒りをぶちまける。「かつてのあなたはそうでなかったはずだ」と。しかし最後には、朝子が軽蔑する「恥知らずのワルツ」を、影山は一生踊り続けるつもりであると宣言する。そこでの朝子のセリフ、「それでこそ殿様ですわ。それでこそあなたですわ。」は、「それでこそ(私が愛している)あなたですわ。」と読むことが出来る。また、直後のピストルの音にも朝子は動じない。清原は見捨てられたのである。ここで朝子は一度も愛したことのない影山を、過去に遡及し記憶を書き換え、愛している。作中の影山のセリフにあるように、真理は政治によって作られ(ただしこれは失敗した)、時の政府が歴史を作るのである。ここが第一のポイントである。清原が葬り去られたと同様に、久雄もまた亡くなっている。にもかかわらず、朝子は、息子の喪中に(恥知らずのワルツを)踊る。ここでの久雄の死とは、過去の価値観たちが死んだことを指している。それは何か。作中では二度、天皇への敬意が形式的なものに過ぎないことが描かれている。一つ目は序盤の、天皇よりも高いところで観兵式を観る女性たちの描写。二つ目は中ほどの、影山が天長節の乾杯の音頭を取る際の、(天皇のためとは言わず)「誰のためでもなしに、乾杯!」と言うシーン。つまり、三島は、かつての天皇への崇敬の念が、もはや多くの政治的虚偽の一つに過ぎないものであることを示そうとしているのである。ここに一つのねじれがある。というのも、明治以前の江戸時代には、そのような崇敬の念は存在しなかったからである。三島はこの作品をあくまで作品が書かれた当時の視点から、書いているのである。自作解題には、「歴史の欠点は、起こったことは書いているが、起こらなかったことは書いていないことである。そこにもろもろの小説家、劇作家、詩人など、インチキな手合いのつけ込むスキがあるのだ。」とある。つまり三島は、ペテンをペテンとわかりつつ書いていたのである。

 次に、『女の平和』と『鹿鳴館』の構造的差異について言及する。

 『女の平和』では、女性たちが男性たちに働きかけることで物語が動く。それに対して、『鹿鳴館』では、女性である朝子が働きかける点では同じものの、その対象は清原と久雄という、二名に分裂している。さらに、その三者に対し、影山が謀略という形で働きかけを行う。そして、影山の背後には列強が存在し、影山は国内における列強のやり方の代行者ともいえる。以下の図で、その関係を図示した。

女の平和:男性←女性 鹿鳴館:【(清原←朝子→久雄)←影山】←列強

 『鹿鳴館』における()内の朝子、清原、久雄の関係は、『女の平和』での女性と男性に対応する。ここだけで完結するならば、『鹿鳴館』においても、悲劇にはならずにすんだはずである。しかし、実際には彼らに対し影山が作用を加える。さらにその背景には、列強の存在がある。つまり、『鹿鳴館』が『女の平和』にならなかったのは、外部が存在したためである。外部とは、影山を通じて表現される、列強の圧力である。ここが第二のポイントである。清原は、自由主義者であるとともに、自主的外交論者でもある。むしろ、清原による鹿鳴館討ち入りの計画は、後者の動機に基づいてなされている。鹿鳴館における男性=影山は、海外列強に対して、その立場の弱さゆえに調子を合わせこびへつらわなくてはならない。女性=朝子が立場の弱さ故男性に媚びなくてはならないことと同時に、男性もまた、列強の人々に同じように振舞わなくてはならないという状況設定が、鹿鳴館特有の重層性の理由となっている。それはともかくとして、物語の構造として、一次的には、清原の政治と朝子の平和とが対立軸となっている。この点は、『女の平和』の対立軸と一致する。しかし、『鹿鳴館』では、新しい軸として影山が存在する。影山の登場により、清原と朝子は、「無条件にお互いを信じあう理想主義」として一緒くたになる。ここでの軸は、清原と朝子による理想と、影山による現実である。影山のセリフにも、「反対派が人間性を代表し、政府が偽善を代表する」とある。そして、現実=政府により、理想は踏みにじられ、政府により歴史は書き換えられるのである。つまり、『鹿鳴館』特有の対立軸は第二の対立軸であり、それを描くことにより三島は、自主独立と人間的情愛という理想が、政府の冷たい現実主義に踏みにじられる様を示したのである。ここで注意しなくてはならないのは、清原が天皇主義者であるという描写はないという点である。第一のポイントとして、作中では過去の価値観と天皇への崇敬とが混同されて示されていた。そして、第二のポイントとして、自主独立の理想が言及される。自主独立は過去の価値観とは高い親和性を持つが、自主独立と天皇への崇敬は必ずしも同一ではない。自主独立と天皇への崇敬が高い親和性を持つのは、『鹿鳴館』の舞台である明治19年からみてずっと後になってからである。ここにもまた、もう一つの、三島が織り込んだペテンがあると考えられる。

 まとめよう。以上により、三島が織り込んだ二つの「ペテン」が示された。あくまで三島は、この戯曲が書かれた時代からの視点でもって、鹿鳴館時代を描写した。それも意識的にである。具体的には、いまだかつて存在したことのない理想を、かつてあったと仮構し、それを理想の過去とした。そしてそれを基礎として彼の日本論が生まれてくるのである。歴史は作られる(それ故究極的真理や価値など存在しない)、という極めて近代的な考えの下、近代における究極的な価値の喪失という問題に直面した三島由紀夫。その中で彼は、近代の在り方を理解したうえで、それにもかかわらず究極的な価値が必要であると信じ、それを仮構した。本作は、彼の苦しいその営みの一つとして理解できるのではないだろうか。